【AIから学ぶ】人間の行動はパターン化されていると思いましょう。そう思うと気持ちが楽になれますよ。

今後ますます発展していく人工知能「AI」

このままだとAIに仕事を奪われてしまうとか何とか言われていますよね。

いや〜、SFだと思っていた話がますます現実味を帯びてきています。

少し恐いくらいに。


まぁ確かにAIには脅威を感じますが、一先ずその話は置いといて。

仕事をもれなく奪っていくのは産業ロボットの方で、もう一つ人間のように感情を持ったかのようなAI。

この動画のAIロボット「ソフィア」の姿がホントに人間ぽく、しかも会話のキャッチボールも上手くできているのには本当に驚き。(少しぎこちない所はあるけど)

後半の「ロボットが人間のように自意識をもつことにはどう思うか?」という問いをソフィアが反抗気味に反論しているところには、

「うわぁ〜感情的になってるとことかもう完全に自意識あるじゃん。」

てっ思いました。

ロボットであっても感情的になっているのが画面上からでも伝わってきます。

こんなにもAIがうまく受け答えできているのは人間の行動パターンを取り込んでいるからなんですよね。

人間の行動パターンは分かりきっている所があるので、それを取り込んじゃえば細かなもの意外ならAIは普通に言葉のキャッチボールができちゃうんです。

それである時ふと思ったんです。

僕たちの行動は所詮ロボットのようにパターン化されているようなもの。

プログラムされているようなものなんだから、人にバカにされても割り切れる。


僕たちは日々人の顔色を伺って穏便に過ごし、人に気に入られるよう御機嫌を伺ったりしているところがあります。

そして人に暴言を言われるとすぐに感情的になったり、自己嫌悪に落ち入ったりしたりします。

でもその暴言=行動は所詮はパターンにしかすぎないんですよ。

例えば、会社で上司に怒られたとします。

その上司だって若い頃に上の人から怒られていると思います。

そして、その記憶がその上司の頭の中にインプットされ、あなたに自分の怒られた時のことを自分の記憶から忠実に再現している。

あと会社以外のことを言うと「子育て」だってそうです。

基本的に自分の親からされたことを自分の子供にもすると言われていますよね。

愛情を一杯持らえてたなら自分の子供にだって一杯愛情を与えるし、逆にあまり愛情をもらえなかったなら自分の子にだって愛情を注げないし。

極端な事を言うと、親に暴力を振るわれてたなら、自分の子にだって暴力を振るってしまう可能性だってあります。

時代の流れでこうなったものもあれば、人間の潜在意識の根っこの部分に元々あるものなのか分かりませんが、なんか人間の行動てっある一定の法則があるというか、過ちを繰り返すと言うかそんな風にプログラミングされているように感じるんです。

だからAIと人間てっそもそもは変わらないんじゃないかって気がしています。

(まぁ、人間を元にしているからそうかw)

強いて言えば、体が肉でできているか金属でできているかの違い?ですかね。


もうとちょっと砕いて話すと、

あいつがあなたに対して言っている暴言は、

”所詮パターン化されたことをただ繰り返しているだけ”

に過ぎないから気にする必要は無い。

てっことを今回一番言いたかったんです。

あなたが嫌いと思っている「あいつ」は所詮は”プログラム”なんです。

その「あいつ」は今日までの人生というプログラミング過程を得て、あなたが嫌いと感じるような行動をするようにプログラムされていったのです。

これは逆も然りです。

良かれ悪かれ、自分だって今の自分になるようにプログラムされていったようなものです。

なので、人間は所詮パターンの一部を再現しているにしか過ぎないんと思うんですよね。

そんな風に考えれば気持ちが楽になりませんか?

話が反れるかもしれませんが、

人目に立ってスピーチをしなくてはならない時に人から、

「目の前にいる奴らを人だと思わず、野菜だと思え。」

そういう緊張を紛らわす為のアドバイスをもらった事はありませんか?

僕が言いたいのは遠いようでこれに近かったりします。


僕はこの人間はパターン化されている、プログラミングされているようなものと考えると少し悲しい気持ちになったりする所もあります。

だってしい、嬉しいてっいう喜びの感情だってパターン化されているものだ」ということにもなりますからね。

友達とワイワイしてスゲー楽しい!てっ思っても、一瞬我に返ると「これてっプログラムされたようなもんだよな」とか、誕生日とかで祝ってもらう時も「これはある種パターン化されたようなもんだよな」とか思っちゃったりするんです。

う〜ん、メリットもあればデメリットもあるということなんでしょうか。

僕は、この「喜びの感情」はパターン化、プログラムみたいに”決まられたもの”で縛りたくはないんですよね。

分かりますかね?この気持ち。

おそらく分かってくれる人が少ないと思いますので、分かる人だけ分かってください。


パターン=大衆真理でもあります。

こんな時のこのようなものを買う。

人は都内に集まりやすい。

人はこのようなことで感情的になる。

ある一つの事柄で男性はこのような行動をする、女性はこのような行動をする。

etc…

このように大衆真理=行動パターンはある程度決まっています。

さらにその行動パターンは企業や国に把握されています。

なので、人々の行動パターンは決まっていると言っても過言ではありません。

行動パターンが把握されているという事は、人間なんかたいしたものではない

とも言えると思います。

把握される=解読されるくらいのものなのだから、人間てっわりと単純なんだと思うんですよね。

だから会社で上司に暴言を吐かれたって、

”パターン化されたしょうもない現象”

と考えれば、生きるのがだいぶ楽になると思うんですよ。


以上、「人間の行動はパターン化されているものと思いましょう。そう思うと気持ちが楽になれますよ。」

というテーマでお送りしてきました。

大げさに言うと歴史の殆どの事は良い事だろうが過ちだろうが基本繰り返しであるし、ある種決まったパターンを繰り返しているようなものです。

「所詮は繰り返し」なんだと思うと少しは気持ちが楽になるんじゃないかと思います。

だから肩の力を抜いても全然大丈夫なんですよ!

気楽に生きましょう!

それでは!


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